認知症介護日記その1/認知症に気づくきっかけの症状について・普通に生活している様に見えるが何か変

(2021年7月17日修正)

アルツハイマー型認知症患い、2016年春に亡くなった母の介護について書いていきたいと思います。

日記として書いていくので物語的な文章になります。

注釈:認知症の症状は様々です。母の場合は一つの例として捉えてください。

きっかけ

思い返せばまだ先に亡くなっていた父もまだ生きていた2008年ぐらいから、その兆候があったと記憶します。当時、母は67歳でした。

料理の味にばらつきが出て不味くなる

この頃は母の作る料理がワンパターンで、もともと特別美味しいとは言えないまでも、まだ悪くない味付けだったのですが、濃かったり薄かったりと少しづつバラつきが出始めてきました。

外出の範囲が狭くなる

それに合わせるかの様に、外出範囲が少しづつ狭くなってきました。

当時の両親は、自家用車がなかった事もあり路線バスで10kmほど離れたスーパーで食品や日用品を買い揃えていました。

ところが歳をとって自分の足で1km弱離れたバス停まで移動するのが辛くなってきた事もあってか、バスで出かける回数が減っていきました。

この頃は、私を含め子供(私の兄姉)は遠方や県外で働いていました。

ただ私だけは偶然にも転勤となって、実家に車で2時間ほどで帰れる場所で勤務していました。

それとは別にこれも運良く、家の近くまで野菜や果物、魚などを売る移動販売車が来るようになり、そこで食品だけを買う様になったのも要因にはあると思います。

私は、週末はサーフィン(地元の海はいい波が立つポイントです。)も兼ねて家に帰り食品以外の洗剤等日用品など、両親が歩いて買い物するには大変そうな重たいものについて買い出しをしていました。

両親の行動範囲は実家とすぐそばの畑、移動販売車がくる公民館となってきました。足りなくなった日用品は私が買うので年金ぐらしの両親は生活のほとんどを家の中で過ごす様になっていました。

1日中、ほとんどテレビを見て過ごす毎日

ケーブルテレビ回線を家に通したことで、お気に入りの時代劇を延々と見れる様になり、両親とも特に趣味は無かった為か、父は昔ながらの亭主関白で家事を一切しないでテレビの前から動かず時代劇をずっと見て、母は家事と畑以外は父とテレビを見る生活でした。

ドラム式洗濯機で洗濯物干しからも解放されるも手入れしない

子育ての苦労から解放されたので、もっと楽をしてもらおうと兄や姉とお金を出し合って全自動ドラム式洗濯乾燥機機を買って家に置きました。

ところが日に日に二人とも足腰が弱くなっていくのがハッキリと見てとれました。

ある日、実家に帰った私は、たまたまドラム式洗濯機の『フィルター』の文字が点滅するのを見つけ、ホコリを取り除こうとフィルターを取り出したところ、毎回取り除かないといけないはずのホコリが、どう考えても1回分どころじゃない量がフィルターについていました。

私「説明書にも書いてあるから毎回フィルター掃除するだーで。動かんようなるで。高価なもんだけぇ、修理も高くつくがー」

両親「分かったで」

と言ったにも関わらず掃除しないことが何度も繰りかえされ両親に大きな声を出して叱ったこともありました。

(最近のおかーさんの料理の味付けは酷いし、洗濯機の説明書を見せているにも関わらず改善されない)

でも日常生活は問題なく送っていたのと、怒鳴り散らすぐらいなら親孝行するのは当然なので、たかだか数分で終わるフィルター掃除は私がやれば良いや、と思い、しばらくは何事もない様な日々が過ぎました。

しばらくして、私は京都に転勤となり、家に帰るのは月1度となりました。

両親のことは気にはなるものの、一応は日常生活を送っていると思い込んでいたので、そこまで不安にはなっていませんでした。

京都での勤務が3年ほど経過した後、また鳥取の勤務となり、当時の上司の気遣いもあり、家に比較的近い勤務場所となり毎日両親の様子を見られるようになり始めたました。

父の異常に気づかない

ところが鳥取に戻ってきて1年目の12月に父が入院することになりました。

いつもの様に私が仕事を終え家に戻り両親の様子をみると、父がベッドの横に体育座りをしていました。

私「親父、どうした?大丈夫か?」

父「大丈夫だわい。すぐベッドに横になるけぇ。」

父が受け答えできたものの、いつからその状態か母に聞いてみると

母「さっき、トイレから戻ってきて座り込んだみたい」

と返答されました。

じゃあ、特に心配ないかと判断して、その日はアパートに帰りました。

しかし翌日同じ様に夜に家へ帰ると、驚くことに、父は前日と同じ場所に同じ様に体育座りでいました。

すぐに近くにより触れてみると体温はあるけど問いかけても手を握っても反応がありません。

私「お母さん、親父は昨日からこのままなの?!」

母「えー、今朝、朝ご飯食べたでー」

前日から全く動いた様子もないのことから、母が言っている事は嘘だとしても、明らかに父の状態はおかしいと判断し、救急車を呼びました。

救急車が到着するまで母に再度、確認しましたが嘘をついている感じはしませんでした。

これから母の認知症の症状が一気に表面化するお話になりますが、長くなるので次回にします。

きっかけの話は以上です。

「うちの家族、認知症?」と思ったら読む本